”彼女”は是非もなく変わり者だった。
あいつのことを好きになるくらいには。
8月が終わってヒグラシばかりが耳につく9月の初め、俺はあいつと”彼女”を引き合わせた。
キューピットってわけだが、どうにも損な役回りに感じる。少なくとも2人が初々しく接するのをみてニヤニヤできるような人間ではないからだ。そういう奴はバチェラーでも見てればいい。
”彼女”の方もとっかかりを極度に持たないあいつへ繋がる唯一のパイプとして俺を選んだというわけらしいが、いきなり「キャンプ行こうよ!もちろん3人で!」とメッセージが来たときにはコイツはどうやらイカれているらしいという認識を深めた。
その熱意に負けてと言い訳をしつつ俺はこの損な役回りにつくことになったのだが、あいつに内緒で彼女を連れてきた時のリアクションだけはこの役割の中でも損だとは思わないくらいには笑えたから許そう。
俺とあいつは電車でキャンプ場に向かう。そこは珍しいことに駅からも近く海も見える。そして俺たちの故郷にも程近い場所だ。”彼女”は先に最寄りについているようで、駅で合流することになっている。
あいつには何一つ話していなかったが。
「初めまして!今回のキャンプを企画したのは実は私でーす!よろしくね!」
屈託のないとはこういう笑顔を指すのだろう。嬉しさを隠すそぶりもなく笑いかける”彼女”にあいつは驚きの表情で少し固まって3秒ほど経ってからようやく返事をした。
「え、えとあの、はい。お願いします。」
「おいおい、緊張しすぎだろ!同じ大学だし顔くらいは知ってるはずだろ?」
「うん。」
(というか聞いてないんだけど。)
「悪い。言ってなかったっけ。まあ生命は一瞬の煌めきだ!今日を楽しもうぜ!」
あいつは流暢な小声で話しかけてきたが、俺はでかい声で返す。
明らかに戸惑うあいつを少し哀れに思いながらも、”彼女”の方は相変わらず笑みを絶やしていない。しかしだ、本当にこんな奴のことが好きなんだな、と両方に呆れながら、俺は間に立たされる緩衝材として2人を先導することにした。どんな話をするんだか。
キャンプ場へ向かう道は覚えていたが、俺はマップを見るふりをして先頭を歩き始める。
「あっちの方らしい!ついてこいよ!」
無理矢理に2人きりの会話空間を作ってやったわけだが、ときどき振り返ってみると下を向いて日陰を歩くあいつと太陽にはしゃいで喚いている”彼女”との対比は面白かった。会話は成り立っているのかよくわからないが、楽しそうに話しかけられたあいつが、うんとかすんとか言っているような塩梅だ。案外お似合いなのかもしれない。
キャンプ場には10分ほどでついた。丘の上にある小さな施設だが、噂通り海が見え、眺望はなかなか良い。まあ俺は海が嫌いだが。
「着いたぞ〜!噂通りの眺めだな。良さそうじゃん。知らんけど。」
「良いよね。海。テント建てたらビーチ行こうよ!」
「えと、さ、テントってひとつしかないけど、その、大丈夫なの?」
「モーマンタイ!2人のことは意外とよく知っているし、こちらは勝手に信頼してます。一緒のテントの方が楽しいしね。仲も深まること間違いなし。海から戻ったら焚き火やバーベキューでもしながら語らいましょー!」
「お前が良いんならいんじゃない?ということでさっさと設営するぞ。」
アウトドアに疎すぎるあいつを尻目に俺ら2人はサクサクとテントを組み立てる。
ポールを繋ぎ、交差してテントの袖に通し、半円状に立てる。オーソドックスなドーム型テントだ。フライシートをかけてペグで固定し完成。ものの10分程度で今夜泊まる家が建築された。
「さあ、みなさん!家も無事に竣工したことだし、海へ行こ〜!」
「2人とも手慣れててすごいなあ。」
「とりあえずいくか。俺コンビニ寄って飲みもんとか買ってくるから先行ってろよ。ちなみに何か買ってきて欲しいものとかある?」
「いや、僕もい」
「私はアイスが食べたいかな〜!スイカバー。飲み物は桃の天然水でよろしく〜。」
「おっけ、お前は?」
「僕もいくよ。見てから決めたいし。」
「それなら三人で行こうよ。か弱い女子大生の私1人で行くのも危険かもしれないし。」
「じゃあ行くか。」
せっかくの2人きりを台無しにしていくことに内心イラだちを覚えつつ、地元に似た中途半端な田舎道を歩く。広がる畑からそう遠くない道に庭付きの住宅が立ち並ぶ静かな路地。走っていく車は軽トラが多いが、車通りも普通だ。海風に曝され錆びついたシャッターや看板。うんざりするほどそっくりな景色に嫌気と少しの懐かしさを感じていた。
コンビニで各々が買いたいものを揃え、ようやく海へと向かう。
「ほんっと大学生っていいご身分。9月の平日にこんな風に遊んでられるんだから。村上春樹の小説では『大学は人生の夏休み』って言ってたけど。」
「確かに懐かしんで羨ましがられるだろうな。ま、人生イッショウ夏休みが俺のモットーだから関係ないけどね。」
「僕は大人になんてなりたくないな。」
ぶつくさと駄弁りながら海まで歩を進める。さて、どんな展開になるのやら。
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