僕は何をするでもなく部屋でただ息をしていた。
無気力で何もしたくない。そのための言い訳はたくさんあった。そのどれもが僕の妄想だとしても、世界とはそういうものだと思う。
なぜ生きているのか問われたら「死ぬのが怖いから」。僕の生きる理由。なぜ死ぬのが怖いのだろう?こんなにも死にたいと心は喚いているのに。
旅から戻って僕は甲羅の中に顔を埋め続ける亀のように、殻に篭った。
蛹が蝶へと変体するように奇跡的な変化を遂げることはないだろう。
もはや成長はなくただ年老いて死んでいくだけ。
そんな人生に思えた。
本を読んだって、何の意味もない。誰と会話をしたって、例え好みの女性が目の前でセックスをしていたって何も感じられないだろう。虚しさだけが心を支配して、閉ざされた部屋を駆け回っている。
「ネガティブな感情だけは元気だな。」
自分でも呆れるほど溢れ出る憂鬱な気持ちが少し可笑しくて一言漏れ出たこの言葉も、誰が拾うわけでもない。存在しているのか存在していないのか曖昧な微振動だ。
僕が何もせずクラクラとぼやけた日々を、濁った水をかき混ぜるかのように無意に過ごしていても、容赦無く時計の針は進んでいくし、世界は彩りを変えていく。
降り止まないかと思うほどの雨もいつの間にか上がって、同い年の奴らは海風でも気持ちよく浴びているかもしれない。
茹だるような連日の暑さと、じめじめとした不快な空気、掃除のされていないアパートの一室で汗をかきながら、それが僕にピッタリとはまったように僕の存在を溶かしてくれる気がした。
「僕は彼女を愛していた。」
この蠢いている感情たちは、その事実と彼女を失ったという事実の隙間に生じているんだろうか。気持ちの悪いこいつらが隙間を埋めるというよりも空間を押し広げてエントロピーが高まっていく。
発狂してしまえたならいくらか楽だろうに。
だけど僕の理性はそれを許そうとしない。わかっているからだ。この感情を生み出しているのも僕自身なのだから。全てが自分の責任だとわかっていて、彼女がこんな僕を望まないだろうことも想像できて、もっと前向きに捉えることも自分次第だと気づいている。事実を知れば僕のせいじゃないと思える可能性の方が高いことも何となくは察していて、現実になりそうにない低い可能性の恐怖を歪めて怯えているのも。
何もかも、現状維持をするため、これ以上傷つかないためにでっちあげている虚像だ。
頭ではわかっている。こんな思考を巡らせていたって現実は何も変わりはしないことを。
「そこまでわかってんならとりあえず外に出ろよ。」
彼なら迷わずそうするだろう。
僕は弱い。どうしようもなく弱い。それを証明するように行動が、言葉が、思考が裏付けていく。
弱い僕すらも愛してくれた彼女に依存してしまっていたんだ。
初めてあるがままを認められたような安心感に浸って。
「あるがままなんてのも甘えで、現状維持の言い訳だけどな。」
僕は彼のことが嫌いになった。どうしようもなく正しくて、前向きでしっかりと生きている彼が眩しくて。これも僕が生み出した幻聴で、それで勝手に嫌いになっているんだから彼にとってはたまったもんじゃないだろうな。
そんな思いを抱いてしまう自分がどうしようもなく嫌いだ。
正午のチャイムが聞こえる。
太陽は真上から分け隔てなく照らしている。
鬱陶しさから逃れるように僕はそっと目を閉じて意識を消していった。
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