小説『海風』第13話
パチパチと薪が爆ぜる音がする。 火は好きだ。ゆらめきの中に荒々しさと儚さが両立している。きっと魂が見えるとしたらこんな風に見えるだろう。そんな柄にもない言葉が心の縁で一瞬の揺らぎとして観測される。 小さい頃、家にいるのが…
パチパチと薪が爆ぜる音がする。 火は好きだ。ゆらめきの中に荒々しさと儚さが両立している。きっと魂が見えるとしたらこんな風に見えるだろう。そんな柄にもない言葉が心の縁で一瞬の揺らぎとして観測される。 小さい頃、家にいるのが…
砂と空気の束を巻き込んだ大きなうねり。目を閉じ、ただその水の動きに身を任せる。海底の砂に引っ掻かれながら身体は回転して、塩分を濃く含んだ海水が辛さを伴って喉や鼻を通り抜けていく。波の力が抜けるタイミングで水面から顔を出す…
たとえ同じ景色を見ていたとしても、感情という絵の具をどう塗りたくるのかによっては、煌めいた情景ですら鬱陶しく思えたりもする。それは同じ人間であってさえもだ。 「んん〜!きっもちいぃね〜〜!うみっ!」 ”彼女”は大好きなお…
”彼女”は是非もなく変わり者だった。 あいつのことを好きになるくらいには。 8月が終わってヒグラシばかりが耳につく9月の初め、俺はあいつと”彼女”を引き合わせた。 キューピットってわけだが、どうにも損な役回りに感じる。少…
俺はあいつのことが嫌いだ。 いつも自分の殻に閉じこもってウジウジしているのに腹が立つ。 俺自身への苛立ちでもあるのだが、それはそれとしておこう。 ”彼女”(あいつはあの女のことをいつもそう呼ぶ)の死について知らなかったな…
拝啓 僕と関わってくれたみんなへ。 誰かがこの文章を読んでいる頃には僕はもうこの世にはいないでしょう。 端的に結論を述べると、僕は死ぬことにしました。 僕には愛がわからないから。人を死に追いやってしまうから。関わる人を不…
ふと気づくと14時間も寝ていた。 これだけ寝たのに何故か押し潰れるような瞼にほんの少し抵抗して、カップ焼きそば用のお湯を準備する。なんでもいいから腹にいれたかった。電気ケトルに水道から必要最低限の水を供給し電源を入れる。…
僕は何をするでもなく部屋でただ息をしていた。 無気力で何もしたくない。そのための言い訳はたくさんあった。そのどれもが僕の妄想だとしても、世界とはそういうものだと思う。 なぜ生きているのか問われたら「死ぬのが怖いから」。僕…
今日は雨だ。 いつまでも降る感じがする。 止まない雨はない。移り変わり。波。諸行無常。確かに世界は一瞬たりとも同じ瞬間なんてない。だけどこの心は永遠に思えた。 元々曇っていた僕の心。この旅をしていけば晴れると信じて、なん…
歩き始めてから気づけば3日が経った。 山道を歩く。夏場でも立ち止まっていれば涼しい道だ。でも、歩く僕らの背中にはじんわりと汗がにじんでいた。 「なんでこんな、何の当てもない旅について来ようと思ったの?」 「なんでって…わ…
「きたきたきた!太陽!」 彼は楽しそうにはしゃぐ。僕は眩しいなと思いながらも、山の間から光を届けるあの星から目をそらすことはできなかった。 「旅の始まりにふさわしいだろ?」 「うん。」 僕はベンチに腰を下ろす。正直に言っ…
ピンポーン … ピンポーン …誰だ。というか今は何時だ? スマホの画面を見る。時間は朝の4時半だ。 ヴゥウウウウウウウ 画面を見ると同時にバイブ音が鳴る。電話だ。無視して眠りたいのはやまやまだが、仕方なく出てみる。 「お…
風を浴びたい。 吹き抜ける海風を。 僕は命を取り戻すだろう。 僕の重荷もきれいに、風と共に去ってくれるだろう。 海に沈んで。波にのまれて。太陽に届きそうな気がして。 最後はどこに行きつくでもなくただ海風として。 「君を愛…