歩き始めてから気づけば3日が経った。
山道を歩く。夏場でも立ち止まっていれば涼しい道だ。でも、歩く僕らの背中にはじんわりと汗がにじんでいた。
「なんでこんな、何の当てもない旅について来ようと思ったの?」
「なんでって…わかるだろ?」
「楽しそうだったから?」
彼はいつになく真剣な顔つきになって言った。
「まあ、お前と同じだよ。弔いだろ?あいつの。」
「弔い?誰の?」
「あいつ、海が好きだっただろ?いきなりお前が海に歩いて行くなんて、それくらいしか理由ないじゃん。あいつとは俺のほうが付き合いは長いし、俺も…俺も弔いたかったんだ。」
「だからさ、弔いってどういうこと?彼女が死んだ?嘘だ。そんなわけない。そんなわけ…」
「お前、知らなかったのか?嘘だろ…?だって…」
「嘘だと言ってくれ…頼む。」
彼がそんな嘘をつくわけないとわかっている。
だからこそ僕はどうしようもなく泣いていた。
沸き立つ泡が水蒸気になっていくように、僕の心でたくさんの感情が膨れては弾ける。思考が追いつかない。感情とそれに付随する言葉も溢れて、零れて、頭の中を瞬く間に洪水にしてしまう。洪水は気づけば僕の頬まで水浸しにしてしまった。なぜ彼女は死んだ?僕のせい?僕が殺した?僕が「愛している」と言えなかったから?
「洪水警報が発令がされました。」
頭の中に声が響く。ダムは決壊し僕は膝から崩れ落ちた。とめどない感情の渦にのまれる。ふと、のまれていく自分を見つめている自分が居た。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。そんな冷静な自分。のまれながら嗚咽して、もがく自分。僕は引きずり込みたいと思った。見下ろすような冷めた自分を、この熱くて寒い渦に。
「彼女は…なぜ死んだ?いつ?どうやって?なんでだよ!」
「死因は知らない…ただ、死んだのはお前がツイートする49日前。だから俺はてっきり…」
彼は気まずそうで、泣き出しそうな顔をしていた。僕の顔は、わからない。彼女と別れてから半年。彼女が死んだのは1か月半前。僕は全く知らなかった。彼女がそんなに前からこの世に存在していないなんて。
「俺も葬儀には呼ばれなかったんだ。死んだって知ったのはちょうど1か月前。あいつの母親から俺の母親に連絡があったんだ。お前もあいつの家にはよく行ってただろ。だから知ってるんだとばかり…」
僕は走り出していた。この場に居たくなかった。一人になりたかった。彼の気まずそうな顔を見たくなかった。理由はいくらでもあった。
「っ!おいっ!待てよ!」
体が溶けだしてボロボロこぼれていく。それを振るい落とすために走っていたのかもしれない。とにかく僕は無我夢中にぐちゃぐちゃに前に進んだ。彼が呆気にとられたのか、僕が火事場のバカ力を発揮したのか、その両方だと思うが、気づけば大きな樹の下で僕は一人だった。
何もしたくなかった。
ただうずくまってむせび泣いた。
どうしてこんなにも涙が出るのだろう。
僕がこんなに涙を溜めていたなんて、知らなかった。
僕が殺した。から。僕が彼女を愛せなかった。から。
僕は生きていてよいのだろうか。
でも今は何も考えずただ泣きたかった。
立ち止まった僕の背中はぐっしょり濡れて、冷たかった。
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