小説『海風』第8話「遺書」

拝啓 僕と関わってくれたみんなへ。

誰かがこの文章を読んでいる頃には僕はもうこの世にはいないでしょう。

端的に結論を述べると、僕は死ぬことにしました。

僕には愛がわからないから。人を死に追いやってしまうから。関わる人を不幸にしてしまうから。

この世界で僕が生きる意味はない。もっと言えば誰にだって普遍的なものはなくて、それぞれが自分で見出しているんだろうけれど、見出すことができませんでした。

小さい頃から別に何かに不自由した訳でもなく、大学まで通わせてもらった恵まれたご身分で、自分の命を投げ打つことはたくさんの人へは侮辱にあたる行為かもしれません。わかっているし、だからこそあまりに自分自身が醜く汚くドス黒く、生きていることに嫌気が差していました。そんな頭の中のループから抜け出すことができないでいました。

その態度によって触れ合った人たちにも腐敗した感情をばら撒き、きっとそのせいで不快な思いをさせてしまったり不幸にしてしまったことがたくさんあるでしょう。僕は腐ったみかんで、社会から間引かれるべき存在なんだと思います。本当に申し訳がありません。謝っても、たとえ僕が死んだとしても、取り返しのつかないことであることに変わりはなく、その事実は消えることはない。だけど僕が死ぬことで連鎖が止まることには嬉しさを覚えます。

こんな文章を読んでくれている人には感謝しかありません。これまでロクでもない僕のような存在を生かすために死んでいった全てに感謝しています。今まで食べてきた命や費やされた全ての時間や人の想いは無駄になるかもしれません。生きているのがあまりにも申し訳なく、もっと生きるべき人たちや有効に使ってくれる人たちへと渡ればよかったものが多すぎると感じて罪悪感に包まれています。

強い人ならばこれらを背負って立ち上がり、罪を贖うのかもしれません。

僕は弱く、背負ったら潰れてしまいました。

家族、彼、そして彼女には特に罪の想いが消えません。

死ぬことでは何も変わらない。現実を生き、不幸ではなく幸せを撒けるような人間でありなさいと人々は言うでしょう。僕だって頭では正しくありたいと思う気持ちがあるのは本当です。知っていることとできることは全く違うんだとつくづく感じます。情けない人間だと心から思います。世界にはもっと苦しんでいたって力強く明日に希望を抱いて生きている人がたくさんいるのも知っていて。僕は結局、自分自身のことしか考えられません。受け取った愛を返すことなくオナニーばかりを繰り返し、挙句の果ては自らそれを捨てるような男です。

これを読んでいる人には僕の存在を綺麗さっぱり忘れて幸せな日々を生きてほしいと願います。

自分を悪く言い、軽んじることは今まで関わってくれた全ての人への侮辱です。そこまでわかってるのに、この想いが僕の心から生じなくなることはありませんでした。僕はがん細胞のようにエラーとして出てきてしまったんじゃないだろうか。そう自分を定義することによって、怖いものと向き合わないように、こんな人間だから仕方がないんだって言い訳をしています。

わかっている。

潔く死ねばいいのに、こんな文章まで残して、心のどこかで誰かに助けを求めているし、自分の存在を認めてほしいって思っているし、幸せに生きたいと願ってもいるし、受け入れてほしいし、愛してほしいし、慰めてほしいし、同情してほしい。本当に気持ちが悪く、性根が捻じ曲がっています。

全てを断ち切って死ぬ。死ぬ勇気もなかった僕に勇気をくれたのは何よりもこれから僕に関わるであろう人々、そしてこの遺書を読んでくれているような過去の知人たちです。僕はこれ以上あなたたちに迷惑をかけたくありませんでした。不幸を広げたくなかった。

今まで本当にありがとうございました。

死体は海にでも流してくれたら嬉しい。

海風になれるかもしれないから。


「ふぅー」

一気に1時間ほどで遺書を書き上げた僕は、公開ボタンを押すのを少し躊躇っていた。

本音は書けた、と思う。

もし今すぐにこの投稿をして、誰かが読んで自殺を止めに来たら。

心のどこかに期待している自分がいる。

死にたい。

生きることに疲れた。

どれも本音だ。

いや、決めたじゃないか。このブログは死ぬ本当の直前にアップしよう。下書きとして残しておき、首を吊る直前にスマホから公開すればいい。

下書きに保存をクリックし、天を仰ぐ。

さあ、死のう。

眠気も空腹も無くなっていた。

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